幸せになるために 87

DSC_0244.jpgニコンD200 群馬サイクルスポーツセンターにて

ついに完成・・・

 

2011年3月4日はぁもにぃ保育園の園舎が

完成した

最後は突貫工事で3日から4日にかけては

徹夜での作業だった

完成したとは言っても

棚の梱包も解かれておらず

室内全体にヒバの粉だらけ・・・

建物の監査に来た区役所の人も

 

「こんなに出来立てに立ち会うのは初めてです」

 

と言って服を真っ白にして言った・・・

実はお義父さんが持ってきたヒバが

かなり神経質な材質で

大工さんがかなり施工に手間取ったこと

壁面のヒバを厚みを変えて敷いていくことで

壁面に表情をつけたかったのだが

これもまた厄介で時間がかかった要因の一つだった

 

最終的に壁面の材木のエッジが立ちすぎていて

スタッフ全員でやすりを持って

区役所の人たちが来るまで磨いていたりしたのだ

 

何とか間に合った・・・

もう3日も寝ずに仕事をしていたため

監査の人たちが帰った瞬間その場に崩れ落ちてしまった

 

とにかく、園舎は間に合った

後は3月の半ばに保育園の竣工式を行い

4月1日の開園に向けて

準備をするだけだった・・・

そう、もうこれで大丈夫

何とか間に合いそうだと思っていたのだ

 

そして、迎えた3月11日・・・

そう、誰もが記憶している日だ・・・

14時26分、僕たちは保育園の準備の為

事務所で作業をしていた

 

ゴゴゴゴ・・・・

という地鳴りと同時に

グラグラと地面が揺れ始めた・・・

 

「地震だ!でかいぞ」

 

僕たちは外に飛び出し

ただただ立ちすくした

隣のはぁもにぃの正面のガラスが

グワァングワァンと揺れている

僕は道路際の標識のポールにつかまりながら

ワナワナと揺れるガラスを茫然と眺めていた

 

周りの建物からも次々と人が飛び出してくる

向かいの30階建ての高層マンションも

目に見てわかるぐらい大きく揺れていた

 

「これはまずいぞ・・・」

 

直感的にこれまでにない地震だと感じた

永遠とも思える大きな揺れを感じ

何とかその揺れが収まったとき

真っ先に気になったこと

 

「震源地はどこだ?」

 

ということだった

幸い電気は生きていて

TVがついた・・・

 

「震源地は東北だ!」

 

TVには大きく東北の地図が表示され

海岸一帯に津波のマークが点滅していた

お父さん、お母さんは大丈夫だろうか?

震源地が東北と聞き、まず一番にそれを心配した

 

うちの両親は福島の海沿いの町に住んでいる

幸いにして海に近くはないが

それでも心配だった・・・

電話をしてみるが当然のように電話はつながらない

 

「ダメだ!つながらない!」

 

そうこうしているうちに

衝撃的な映像が流れてくる

津波の映像だ・・・

生き物のように地面を飲み込んでいく波・・・

車が逃げまどい、やがて飲み込まれていく・・・

 

言葉が無かった・・・

こんなことがあるのか・・・

お父さん、お母さんは大丈夫だろうか?

心配でいてもたってもいられなかった・・・

 

電話をかけ続けるも

むなしく繋がらないことを告げる

アナウンスが受話器越しに聞こえてきた・・・

 

続く・・・

 

 

 

この記事を書いた人

shinyafd3s

愛妻家フォトカウンセラー
普段は学童の責任者として子どもたちの未来を作る仕事をしています。
週末はフォトカウンセラーとして活動しています。
奥さんが大好きで奥さんの写真多し!