幸せになるために 84

IMG_4152.jpgパナソニックGF-3 寛君と一緒に・・・

 

突然の知らせ・・・

 

僕たちがやっと保育園の設立に向かって

一歩進み始めたころ

一本の電話が鳴り響いた

 

お義母さんが電話に出て応対をしたのだが

様子がおかしい

何かよくないことがあったらしいことが

電話の様子から伝わってくる・・・

電話を切ってお義母さんはその場に立ち尽くしていた

 

「どうしよう・・・」

 

「どうしました?」

 

「寛が・・・寛が・・・職場で倒れたって・・・」

 

「ええっ!で、どうしたんです?」

 

「今、救急車で運ばれたって・・・」

 

「病院、どこなんです?」

 

「○○病院だって・・・」

 

「じゃあ、すぐ行ってください。

何かわかったら連絡くださいね

大丈夫ですか?」

 

「とりあえず、行ってみるわ

様子わかったら連絡する

じゃあ!」

 

「気を付けて・・・」

 

何ともいえない重い空気が流れる・・・

寛君は真由美ちゃんの一つ違いの弟で

この時は池袋の家電量販店で働いていた

お義母さんの話だと

仕事中にいきなり意識を失って倒れたらしい

 

・・・大丈夫だろうか・・・

 

その日の遅くに

お義母さんから連絡が入った

 

「今、検査が終わって話を聞いたところ・・・

本人は今薬が効いて眠ってるわ・・・

あのね、寛、頭に腫瘍があるんだって・・・

レントゲンみたんだけど

拳ぐらいの大きさなの・・・

それが脳を圧迫して意識がなくなったらしいの・・・」

 

「・・・・」

 

言葉が出なかった・・・

 

「で、手術が必要らしいんだけど

今日倒れた時に頭から落ちて

脳挫傷を起こしているらしいのね

その処置をしてからの手術になるって・・・

病院もここじゃなくて移ることになりそうなの・・・」

 

「・・・そうですか・・・

明日は病院行っても大丈夫ですか?」

 

「ええ、ありがとう。本人も明日には意識

戻ると思うの。顔見せてくれると喜ぶと思うわ・・・」

 

「わかりました。じゃあ、明日行きますね。

お義母さん、ちょっと言葉が見つからないんですが・・・

頑張りましょう!」

 

「ええ、そうね、ありがとう。じゃあ、明日ね」

 

「はい、お休みなさい・・・」

 

信じられなかった

あれだけ普通に過ごしてきた彼が

脳腫瘍・・・

嘘だろ!

だって、この間自転車一緒に乗ったし・・・

 

・・・!

 

そういえば、この間鎌倉まで行ったときに

変なコケ方したって言ってたな・・・

 

そういえば、この間も自転車で車とぶつかったって・・・

 

あ、お風呂場で転んで目の上切ってたな・・・

 

考えてみれば、おかしいところが一杯あったのだ

自分たちの忙しさにかまけて

彼の様子がおかしかったことに

誰も気づかなかったんだ・・・

 

翌日、病院に行くと

彼は意識も戻り元気そうだった・・・

ただ、頭を打ったせいでおでこが腫れ

だいぶ痛々しかった・・・

 

「・・・よお!元気そうだな・・・

もうびっくりしたよ」

 

「いやぁ、信也さん、すみません心配かけちゃって・・・」

 

「うんうん、意識失って倒れたって聞いて

心配したよ。元気そうで良かった。

はよ治して退院せんとな」

 

「はい、そうですね。

頑張ります!」

 

そこから少し話をして病院を出た

何も気の利いた言葉をかけられなかった・・・

 

数日して、寛君は病院を移った

より高度な手術が出来る病院に移ったのだ

それからしばらくして

寛君の手術が終わった

術後に医者から呼ばれて

お義母さん、お義父さんと一緒に話を聞いた

目の前には腫瘍と思われる肉の塊があった

 

「これが腫瘍です

取れる範囲で取りました」

 

「・・・こんなに・・・」

 

息をのんだ

こんなに取ってしまって大丈夫なのか?

 

「息子さんの場合は、出来た場所が

まだ良かったです

ここだとそれほど日常生活に支障はないと

思います。

他の部分だと

それこそ体が動かなくなったり

しゃべれなくなったり

色々と障害が残るんです

彼の場合は頭の後ろの方だったので

多分支障は出ないと思います」

 

「手術自体は成功したってことですか?」

 

「まあ、そうですね。

成功だと思います

ただ、ここから切り取った部分に腫瘍の

組織が残っているので

そこに放射線の治療が必要に

なってくるかと思います」

 

「あの、治るんでしょうか?」

 

「はい、正直何とも申し上げられません。

彼の病名ですが脳腫瘍で

グリオーマというものです

ステージ4にあたると思います」

 

グリオーマ、ステージ4・・・

その言葉の意味を僕は知らなかった・・・

ここから寛君の長い闘病生活が始まったのだ・・・

 

しかし、保育園設立の準備はそのことにかかわらず

粛々と進めていく他なかった・・・

 

続く・・・

 

この記事を書いた人

shinyafd3s

愛妻家フォトカウンセラー
普段は学童の責任者として子どもたちの未来を作る仕事をしています。
週末はフォトカウンセラーとして活動しています。
奥さんが大好きで奥さんの写真多し!