幸せになるために 4

P1010318.JPGキャノンS90 伊豆旅行

運命の出会い

母校の音楽ホールで働いていた僕は

当時学生だった奥さんから手紙を貰った

まあ、会って話がしたい。という内容だった

連絡先が書いてあったので

早速連絡を取り、会うこととなった

で、どこかで食事でもしながらと思っていたのだが

会ってみると、是非家に行ってみたいと言う

知らないよ~・・・なんて思いながら家へ招待した

あの時、何を話したのか全く覚えていないのだが

CDラックに槇原敬之の全アルバムがあることに

ものすごく驚いていたことを覚えている

真由美ちゃんに後から聞いたことだが

槇原のCDを見て「運命の人だ!」と思ったらしい・・・

 

その後、何回か会って話をするたびに彼女の魅力に引きこまれ

僕から「付き合って下さい」とお願いした

真由美ちゃんは嬉しそうに泣きながら「喜んで・・・」と

応えてくれた

 

生き方を変える

 

真由美ちゃんと出会い

本気で変わろう!

彼女に釣り合うような男になろう!と思っていた

4年続けた音楽ホールの舞台の仕事は

やはり向いていないと感じていた

「人の役に立てるような仕事がしたい」

「もっと、ダイレクトにお客様と関わり、山下さんと出会えて良かった!

と言われるような仕事がしたい」

そう思うようになっていた

そう思いながら見ていた求人チラシに

車の営業の求人があった

働くならここがいいなと思っていた会社だった

ドキドキしながら応募要項を見ると

応募資格に20歳から26歳までとある

僕はその当時29歳・・・

過ぎとるやんけ・・・

がっかりした

こんなに意欲に満ちているのに

年齢制限に引っかかるなんて納得がいかないと思った

ダメで元々と思い、意を決して電話をする

 

「あの、御社に就職したいのですが、年齢が過ぎているんです、

面接だけでもしていただけないでしょうか?」

 

「そうなんですね。今おいくつなんですか」

 

「・・・今29歳です」

 

「わかりました。じゃあまずは面接にいらして下さい」

「!!!本当ですか!!!ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

というわけで、数日後に面接を受け

晴れてその年の4月より、念願だった自動車販売会社の営業マンとなった

 

好きなことを仕事にする

 

結構、好きなことを仕事にしちゃうと逆に大変じゃない?

なんてよく言われるが

僕は、やってみて良かったと思っている

僕が入った会社は新車も中古車も何でも売る会社で

その地域で一番の会社だった

会社説明会でえらく腰の低いおじさんがいて

名刺を貰ったのだが

その人が会社の社長だった

僕は、多分ついている。そう思った

想像はしていたが、車の営業は大変だった

自分のお客様がいないので

電話帳を渡され端から電話し

お店に呼び込むようにと言われた

朝、60台以上ある車を洗車し

終わってから電話をし

夜、ご縁のあった方にお礼の手紙を書く

その後、車を売った際の手続きの仕方や

保険について

やることは沢山あった

朝8時半に家を出発し

帰ってくるのは日が変わってから

もう毎日クタクタだったが

充実していた

真由美ちゃんは、毎朝学校に行く前に家に立ち寄り

僕を見送ってから学校へ行っていた

「頑張って、応援してるよ」

この言葉にどれだけ勇気をもらっただろう

 

そして、それはある朝起きた

 

会社に入社して2週間が過ぎた

いつも、通勤は燃費の悪い車は使わず

ロードバイクで会社まで通っていた

会社までは10キロ程度

片道約30分の自転車通勤だった

その日はいい天気で気持ちのいい春の日の朝

のんびり気分で車の通りの多い幹線道路ではない

裏道を走っていた

T字路の信号がある交差点に差し掛かった時

信号が黄色から赤に変わった

T字路だと思っていた僕は

右を見て車は来ないと判断した

そして、赤信号を直進・・・

道が無いと思っていた左側から軽トラックが出てきた・・・

 

これ、いつ終わるのかな・・・

次回に続く・・・

 

 

 

 

この記事を書いた人

shinyafd3s

愛妻家フォトカウンセラー
普段は学童の責任者として子どもたちの未来を作る仕事をしています。
週末はフォトカウンセラーとして活動しています。
奥さんが大好きで奥さんの写真多し!