幸せになるために 12

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オリンパスOM-D E-M10  パナソニック25㎜F1.4 荒川の土手にて

 

すれ違う日々

 

真由美ちゃんが3月で大学を卒業し

4月から日本創造教育研究所の

社員となった

研修部門を希望していたが

営業部門となった

担当の地区は

長野・山梨の担当となった

最初は先輩社員と同行し

接客の仕方や営業のイロハを

学んだようだ

彼女の凄いところは決めたことを

絶対にやりきること

訪問先に行った際に

必ずその日のうちに

お礼の手紙を書くこと

これを絶対に欠かさずやっていた

勿論先輩社員からこうやるんだよと

教わったことだったと思うのだが

こういう基本的なことほど

なぁなぁになってやらないことが多い

彼女はこういう基本的なことを

手を抜かずにコツコツとやっていた

 

ちょっと昔の話なので

うろ覚えなのだが

月曜日に長野に行き

水曜日に移動し山梨へ

金曜日に帰ってきて土、日が

休みだったと思う

 

片や、僕の方は

水曜が定休日

以上

そして、月の目標台数に日割りで

追いついていなければ

水曜日も出社

僕はいつも目標台数に届いていなかったので

大体定休日も出社していることが多かった

 

というわけで、

もう全然真由美ちゃんと休みが合わない

会える時間が本当に少なかった

 

そんな中でも

彼女がマメにうちに立ち寄ってくれ

なんとか会う時間を作り出していた

 

真由美ちゃんが会社に入社して1年2年と過ぎ

徐々に営業成績が上がってきた

必ず自分の目標は達成し

営業全体の目標に足りなければ

そこも埋めるほど売れる営業マンになっていた

 

そんな中、僕は相変わらず売れない

営業マンをやっていた

どんどん先に行ってしまう彼女の背中を見て

彼女に対して強い劣等感を持っていた

まあ、もともと真由美ちゃんは

凄い人だったので

今更という感じもあったが

好きな仕事ですら実績を出せない

自分自身を責め続け

やっぱり自分なんかいなくてもいいんだ・・・

というおなじみの感情に支配されつつあった

 

ただ、そんな中でも真由美ちゃんは変わらず

ただ、信也さんがいいんだと言ってくれていた

 

僕は、そう言って受け入れてくれる

真由美ちゃんに感謝しつつも

彼女にはもっとふさわしい人がいるんじゃないか

僕がそれを阻害しているんじゃないか

なんて思いでグルグルしているのだった

 

続く・・・

 

この記事を書いた人

shinyafd3s

愛妻家フォトカウンセラー
普段は学童の責任者として子どもたちの未来を作る仕事をしています。
週末はフォトカウンセラーとして活動しています。
奥さんが大好きで奥さんの写真多し!