ニコンD200 はぁもにぃ保育園園舎にて 寛くん 201104
寛くん・・・
2012年2月4日
僕の誕生日だ・・・
この日、自宅に大きな箱が届いた・・・
開けてみるとゲームのコントローラーが入っていた
そういえば、1月頃に寛くんが事務所に来て
「信也さん、今何が欲しいですか?」
と聞いてきた
僕は特に深く考えもせず
「そうだなぁ、プレステのグランツーリスモ用の
ハンドルコントローラーが欲しいなぁ・・・」
と言った・・・寛くんは
「それ、いくらするんですか?」
と聞いてきたので
「いやぁ、高くてさ・・・5万ぐらいだったかな?
とても買えんわ・・・」
と言った
「いやぁ、それは高いですね・・・
ななちゃんいたら、そんなの欲しいとか
言えないですよね・・・」
「うん、言ったら殺されるわ・・・
アホか!って言われて終了だな・・・
まあ、最近ゲームする時間もないしなぁ・・・
あんまり現実味ないよね・・・」
なんて話をしていたコントローラーが
ここにあるのだ・・・
びっくりしてすぐに寛くんに連絡した
「おいおい、何かコントローラーが届いたぞ!
どうしたの?」
と聞くと
「いやぁ、多分最後のプレゼントですから
何回か分です・・・信也さんには
本当にお世話になったから・・・」
「なんだよ、それ!
これが最後みたいな言い方すんな!
こんな豪華なのじゃなくていいから
来年も、再来年も頼むよ・・・
自分で終わりみたいな言い方すんなよ・・・」
「すんません、まあ、僕の気持ちですから・・・
受け取って下さい・・・
お姉さんには怒られそうですが・・・」
「もう、何貰ってんの?って
あきれてたぞ!」
「ハハハ、言いそうですね
まあ、そこはうまくやってください
とにかく、僕の気持ちですから・・・」
「わかった、ありがとう
受け取るよ!
でも、これが最後じゃないからな!
来年も宜しくな!」
「ええ・・・頑張りますよ・・・」
精一杯普通に話そうとしていたが
泣きそうだった・・・
寛くんは、だいぶ症状が進み
歩くのもままならなくなってきていた・・・
もう、目もよく見えないようだ・・・
年が明ける前までは
秋田の玉川温泉にひとりで
療養に行けるぐらいだったのだが
いよいよ体の自由が利かなくなってきた・・・
3月に入りお義母さんから話があった
「もう、あの子もうじき動けなくなると思うの・・・
動けなくなる前に、もう一度香川に連れて行きたいのよ・・・
あの子、よく信也さんと一緒にいった香川の話をよくするのよ
ああ・・・あのうどんは美味しかったなぁ・・・
また、食べたいなぁ・・・って・・・
あの子、本当に楽しかったみたいで・・・
私は、おばあちゃんのこともあるし・・・
信也さん、もう一度一緒に行ってくれないかしら・・・」
ショックだった・・・
現実を突き付けられたような気がした・・・
そんなわけで、急遽、寛くんと旅行に行くことになった
とても、僕一人では連れて行けなそうだったが
弟の剛くんが時間を作ってくれ
一緒に同行してくれることになった
もう、杖なしでは歩けなくなった寛くんを
二人で支えながら歩く・・・
そして、香川のうどん屋を回れるだけまわり
食べられるだけ食べた・・・
夕方、あまりにもうどんを食べすぎ
何か他のものを食べたくなり
何故か香川まできて「すき家」に入って
牛丼を食べた・・・
今でも「すき家」に入ると
あの時の光景が目に入ってくる・・・
チェックインの時間になり
ホテルに向かう
ホテルは真由美ちゃんが取ってくれた
眺めがよさそうな旅館だよ・・・
と言っていたが
確かに高台にあり、眺めが良さそうな旅館だった
チェックインすると
老夫婦が経営していて
いかにもアットホームな感じ・・・
用意された部屋は老夫婦の計らいで
一番上の階の眺めがいい部屋だった・・・んだが
何とその旅館はエレベーターが無かった
もう、寛くんは自力で階段は登れない・・・
どうするか・・・部屋を変えるか・・・
と迷っていると
「信也さん、俺おぶいますから大丈夫ですよ!」
と剛君が言った
「おいおい、ここ2階で部屋は5階だぞ
無理だろ」
と言うと
「いや、大丈夫っす!
俺、力ありますから」
と言う
結局弟におぶられることを嫌がる寛くんを
説得し、剛くんは強引におぶって
階段を登り始めた・・・
1段、2段・・・
剛くんの額から大粒の汗がしたたり落ちる・・・
転げないように僕がおしりを支え
二人で何とか5階の部屋まで
上げることが出来た・・・
この後、お風呂が地下にあると聞き
絶望的な気分になりながら
剛くんがガッツをみせ
お風呂の往復をした
お風呂に入り、今度は地下から5階まで
また大汗をかきながら剛くんは
文句も言わずに登った・・・
剛くんの背中で寛くんが泣いていた・・・
夜、ご飯を部屋で食べ
買い込んできたお酒で乾杯した
酔って真っ赤になった寛くんは
幸せそうだった・・・
二人で支えながら
バルコニーに出ると
瀬戸内海が一望でき
素晴らしい眺めだった
しばし、無言でその夜景をみていたが
ポツンと寛くんが呟いた
「剛、山本家をよろしくな・・・」
「何言ってんだよ・・・
寛兄が長男だろ、頑張れよな!」
「うん・・・うん、そうだな・・・」
僕はそんな二人を見ていることしか出来なかった・・・
旅行から戻ってきてから
ほどなくして、寛くんは自宅で寝たきりとなり
動けなくなった・・・
お義母さんが付きっ切りで介護をし
意識がなくなり、病院に入院し
2012年6月27日
還らぬ人となった・・・
31歳目前での旅立ちだった・・・
続く・・・