家族のかたち 22

DSC00412.JPGソニーRX-100マークⅣ 福島にて

 

伏見さん・・・

 

実は、僕には育ての親がいる・・・

両親とも教員だった僕は

生後1か月程で親戚の家に預けられていた

その家が伏見さんである

うちの遠い親戚らしいが詳しいことは知らない・・・

 

うちの父が高校の教師で独身だった頃

遠い親戚だということで

住まわせてもらっていたそうだ

 

日頃から「先生、先生」と声をかけてくれ

大変お世話になっていたようで

父もこの伏見さんにたいそう恩義を感じていた・・・

 

そして、結婚して伏見さんの家から少し離れたところに

アパートを借り

僕はそこで生まれた・・・

 

育休なんてその頃は無かったらしく

僕は生後1か月で預けられ

母は仕事に復帰した・・・

 

父は毎朝自転車の後ろに

ミカン箱を括り付け

そこに僕を入れて

伏見さんの家まで連れていったそうだ・・・

 

伏見さんの家はその当時2人の子どもがいて

高校生と中学生の娘がいたんだが

ずっと男の子が欲しかった伏見のおじさんは

僕のことを本当の子どものように可愛がってくれた・・・

実の娘二人は、あまりの溺愛ぶりに

実は本当の息子なんじゃないか・・・

と疑うぐらいだったようだ

 

そんなわけで

実の子ども以上に可愛がられた僕は

伏見さんを実の親以上に思っていた

 

大きくなってからも

長期休みには必ず泊まりに行き

ここが本当の僕の家なんだ・・・とくつろいでいた

 

おじさんはいつも優しかった

 

いつしか僕は大学生になり

伏見さんの家から足が遠のいた

顔を出したいと思いながら

学生生活の楽しさにかまけ

全然顔を出せなかった

 

そして、大学を卒業し

一年常勤講師をした後

僕は実家でプータローだった

 

そんな時に

伏見さんがあまり具合がよくないという話を聞いた

久々に顔を出すと

おじさんは嬉しそうに顔をほころばせ

 

「おお、信也久しぶりだなぁ・・・

大きくなったなぁ・・・

小さい頃はみかん箱に入って

来てたんだぞ~」

 

なんて、話をしてくれた

 

「ねぇ、おじちゃん

体調悪いって聞いたんだけど

大丈夫?どこが悪いの?」

 

「ん?ああ、帯状疱疹をこじらせちまって

治らねぇんだ・・・痛くてよぉ・・・」

 

と脇腹のあたりをさすってそう言った・・・

 

「そうなんだ・・・

治らないの?」

 

「んー、年だからなぁ・・・

なかな治らねぇんだ・・・」

 

何もでいない自分がもどかしかった

何とかしてあげたかったのだ

 

数日後、たまたま見ていたテレビで

奇跡の温泉!

というタイトルでテレビ番組が流れていた

余命3か月のお父さんが

治すために必死に温泉に通い

治るという番組だった

 

「これだ!」

 

と僕は思い

この温泉におじちゃんを連れて行こう!

と決心した

親に話すと、おじさんには本当にお世話になったし

体調悪くて苦しんでいるなら

連れて行って欲しいと言ってくれた

早速おじさんに連絡し

いい温泉があるから一緒に行こう!

と誘った・・・

 

「ね?おじちゃん、一緒に温泉に行こう!

ガンも治る温泉らしいから

帯状疱疹も治るよ!俺が連れていくから

一緒に行こうよ!」

 

「・・・・」

 

おじさんは電話越しに泣いていた・・・

 

数日後、おじさんと一緒に温泉に向かった・・・

行った先は「玉川温泉」

ガンが治る温泉として有名な温泉だ

僕はどうしてもここに連れてきたかったのだ

 

温泉には3泊し

その間、おじさんと色々と話をした

僕は親孝行出来たような気がして

嬉しかった・・・

 

その後、僕は東京に出て就職し

また、おじさんと会えなくなった

時々、うちの両親が顔を出してくれていて

近況を僕に教えてくれた

 

「おじさん、あまり具合よくないみたい・・・」

 

「そう・・・心配だなぁ・・・」

 

そう言いつつ僕は連絡出来なかった・・・

 

そうこうしているうちに

おじさんが病院に入院したという話を聞いた

すぐに行けばよかったんだが

楽観的におじさんは大丈夫だろう

なんて思っていた

 

それから数日して

母から連絡があった

 

「伏見さん、昨日亡くなったって・・・」

 

「え・・・」

 

「なんか、ガンだったんだって・・・

でも、ずっとおばさんにも黙ってたらしくて

この間入院した時に、初めて聞かされたんだって・・・」

 

「・・・嘘・・・」

 

「信也、お葬式どうする?

おばさんは忙しいだろうから

無理して来なくていいよって

言ってたけど・・・」

 

「いやいや、行くよ、行くにきまってるだろ!」

 

そう言いながら、僕は本当に後悔していた・・・

何で、病院に入院したって聞いたときにすぐに

行かなかったんだろう・・・

もしかしたら話せたかもしれないのに・・・

どんなに後悔しても時間は巻き戻らない・・・

 

会社で初めて有給を取り

福島へ向かった

 

僕は、葬儀でおじさんの亡骸の前で

号泣した・・・

僕は何でこんなに号泣しているんだろう・・・

 

多分、やり残したことがあったから・・・

おじちゃんとまだまだ話したいことがあったから・・・

それが悔しくて情けなくて号泣していたんだと思う・・・

 

おじさんが亡くなってから

いろんな人がお線香をあげに来るそうだ・・・

 

「生前、伏見さんに本当にお世話になったんです・・・」

 

みんなそういうらしい・・・

そして、年齢層も幅広く

20代の若者からお年寄りまで沢山の人が

おじさんが亡くなったことを知って

自宅に来てくれるのだそうだ

 

僕は、その話を聞いて

おじさんらしいな・・・と思う

おじさんは決して話が上手な人ではなかった・・・

でも、困っている人がいたら黙って助け

何も言わずに去っていくような人だった

そんなおじさんにみんな感謝していたんだなぁ

と思う・・・

 

僕は誇らしい気持ちと共に

おじさんのような人になりたいと強く思う

 

いつか、天国に行ったときに

おじちゃん、僕も人から惜しまれるような

人になれたよ!

と言えるような人生を送りたい

 

まだまだ、そんな人にはなれていないので

残りの人生をかけて

おじさんのような人になりたいと思う

 

続く・・・

 

この記事を書いた人

shinyafd3s

愛妻家フォトカウンセラー
普段は学童の責任者として子どもたちの未来を作る仕事をしています。
週末はフォトカウンセラーとして活動しています。
奥さんが大好きで奥さんの写真多し!